2022 Little League World Series

 2022/ 8/17からアメリカ、ペンシルバニア州サウスウイリアムスポートで開催される夢の祭典に、約50年のリーグの諸先輩方の積み重ねてきた伝統を受け継ぎ、49-50期の現役選手たちが、日本代表としてその舞台に足を踏み入れました。

いつものアイボリーのユニフォームじゃないが、Japanのユニフォームもかっこいいね!

 その祭典は、これまでだれも想像していなかった衝撃の毎日の連続でした。単なる小学生の全国大会的なものではなく、アメリカ中のひいては世界中の選手が注目する、まるでメジャーリーグのイベントのようなワクワクするものでした。2022/ 8/11に日本を出国した選手団、約1週遅れで渡米した応援団、子供も大人も、大会前のパレードや・開会式を楽しみました。

1:37’00″ごろから宝塚の選手団が登場します。
開会式の入場行進 2’50”から宝塚の選手団が登場。そして、6’00” 各国選手が自国語で行った合同選手宣誓では衝撃のラストが!!! 「Play Ball!」
大会前には、自己紹介VTRの撮影も実施した。みんなスターみたいだね。

【2回戦 カナダ戦】

 2回戦から登場の宝塚リトルリーグ、相手はオーストラリアを破って1回戦を突破したカナダ。毎回のように得点圏にランナーを出した宝塚の選手たち。しかしあと一本が出ず、5回終了までスコアレスドロー。迎えた運命の6回表、先頭打者を死球で出したことをきっかけに、ワンチャンスで6失点を許してしまった。あとがない6回裏も、三者連続三振でゲームセット。ほろ苦い世界デビューとなってしまいました。

フルゲーム
ダイジェスト

【敗者復活戦 2回戦 ニカラグア戦】

 敗者復活戦に追い込まれた宝塚の相手は、初戦カリブ海代表で今大会ワールドチャンピオンシップにコマを進めたキュラソーに敗れた中南米代表のニカラグア。この試合は、何度も雨で中断しながら、延べ2日間にわたり、両チーム譲らず延長11回の死闘を演じ、残念ながら敗戦。一度も勝つことができず、2敗を喫しトーナメントから脱落してしまいました。この悔しさとそしてワールドシリーズのすばらしさは、現地で体験した選手・指導者・応援団だけでなく、日本で声援を送ったスタッフ・現役・OBの関係者にとっての大きな財産となりました。再びこの場に立ち、そして勝利ひいては、ワールドシリーズ制覇の宿題を取りに戻れるように、課題をクリアしていきましょう。

 この試合の動画では、この大会の最も素晴らしい試合とたくさんのコメントが寄せられてました。特にダイジェスト版は、ワールドシリーズのハワイvsキュラソーの試合の30万回以上再生に次ぐ、27万回再生が回っています。こういう大会を印象付ける試合ができたことも小さな爪痕を残せたのではないでしょうか?

フルゲーム
ダイジェスト
(2022 LLWS 再生回数最多 35万回以上)
国際トーナメント代表国の中米とアジアの同一縮尺比較
準優勝のキュラソー島は、沖縄の約1/5のオランダ領の島です。
(この地図でも、文字に隠れて見えません。)

【LLWSダイジェスト】

ホームラン集ー 4’45” 太田海翔
ベスト守備特集
ー宝塚戦士がたくさん出てます。

【国際交流】

 トーナメントからは敗退しましたが、その後は様々な国の選手たちと交流は続きました。まず初めに日本人選手が在籍していたオーストラリアチーム。お父さんお母さんからは、Facebookにニカラグア戦の観戦についてメッセージをいただいていました。また現地でも選手たちは大会前のイベントの時から交流していたようで、互いの希望もあり、練習試合をさせてもらいました。練習試合も大会本部で周到に用意されており、試合後はケータリングによるディナーを一緒に取ることができました。そこでは子供たちはとても仲良くなったようです。いつか大きくなって出会うことがあればいいですね。

記念撮影
AUSの日本人選手と
みんなでディナー

 また続くは初戦で激突したカナダチーム。練習試合ではなく、合同練習と3イニング限定の試合形式練習を実施しました。この交流も充実したものとなり、試合後は、町中のお祭りに参加し、同じく国際交流の輪を深めました。

記念撮影
日本式ノックをみんなで
お祭りに参加

 大会期間中にはオリオールズとレッドソックスのMLBの試合観戦もあり、また日本人選手として所属している元巨人・ロッテの澤村投手とは、サイン会・記念撮影に加え、変化球の握りの指導もしてもらいました。

試合開始前の澤村選手が応援席に

 帰国前夜には、リトルリーグワールドシリーズ開催地近くに住み、地元の少年野球やソフトボールの指導者として地域へ貢献されている元阪神・ヤクルトで活躍されたトーマス・オマリーさんとディナーをご一緒させていただくこともできました。オマリー選手が活躍したのは、1990年代ですので、もちろん選手たちは知りません。むしろ大人の方がうれしかったかもしれませんね。
「甲子園に駐車場は、アリまへーん」「阪神電車が、一番や~」
 ↑↑↑ これも2007年ごろだから選手たちはまだ生まれてまへーん。

 大会期間中、実はCovid-19の影響を色々受けました。選手団・応援団共に、万全の体制でこの夢の祭典を過ごせたわけではありません。そういう悔しさも含めて、将来の宝塚リーグの選手たちとともに、残してきた宿題を取りに、もう一度この地に帰ってきたいと思います。